「幻の東京オリンピック」を記念した酒杯

おでかけニュース

幻の東京五輪、記念酒杯 総曲輪調査で出土 富山埋文センター

2017/07/25 01:48

 富山市埋蔵文化財センターは24日、昨年に同市総曲輪3丁目で実施した発掘調査で、1940(昭和15)年開催予定で中止となった「幻の東京オリンピック」を記念した酒杯の破片13点が見つかったと発表した。同センター学芸員は「アジア初となる五輪の期待感が地方にまで広まっていたことを裏付ける非常に貴重な品だ」としている。

 

 破片の数から、酒杯は4点以上あったとみられる。大きさは口径5・5センチ、底径2・1センチ、高さ3センチで、水色の染め付けが見られる。「ORINPIKU」の文字や五輪のマーク、日章旗、桜の絵があしらってある。

 

 同センターの鹿島昌也主査学芸員によると、岐阜県多治見市市之倉で製作された。個人が完全な形で所有している例はあるが、出土品として発見されたのは全国でも例がないという。鹿島氏は開催決定から2年後に中止が決まったため、流通量が少ない可能性を指摘した。

 

 発掘調査は昨年8~10月に旧富山西武デパート南西角のビル跡地285平方メートルで実施された。1945年8月の富山大空襲前まで陶器商「太田陶器店」があった場所で、オリンピック記念の酒杯のほか、満州派遣凱旋記念の杯など昭和前期のちょこが破片で4510点見つかった。

 

 出土品には、とっくりはなかった。美濃で生産されたちょこが多数とみられるが、底の部分に「九谷」と書かれたものも多かった。鹿島氏は「九谷焼の湯飲みや酒杯の人気にあやかり、売薬のお土産品として得意先へ配ったのではないか」と話した。

 

 調査地は江戸時代の城下町であり、富山藩上級藩士・生田家の武家地だった。中世~近世にかけての井戸跡や溝跡に加え、弥生~古墳時代の土器が発掘された。総破片点数は1万1千点だった。

 

 秩父宮記念スポーツ博物館(東京)の新名佐知子学芸員は「戦前の五輪開催が一般市民にどのように受け止められていたのか、スポーツ文化の様相を読み解くことができる貴重な資料だ」と話した。

 

 同センターは25日から12月3日まで、富山市婦中町安田の安田城跡資料館で開く発掘速報展で、酒杯など約300点を展示する。

 

 9月15日には、展示解説会が開かれる。