ホッとニュース 【1月27日01時04分更新】

奈良時代後期の木簡出土 高岡・出来田南遺跡

中央の大溝から木簡が出土した出来田南遺跡=高岡市出来田
 県文化振興財団埋蔵文化財調査事務所は26日、高岡市出来田(できでん)の出来田南 遺跡から、奈良時代後期のもので、農民が米を納める際に自分の名と米の量を記したとみ られる荷札が出土したと発表した。荷札は木製で木簡(もっかん)と呼ばれる。同事務所 は、遺跡内に米が集積し、水田経営の拠点的な役割をする施設があった可能性を示す貴重 な資料とみている。

 木簡は、縦17センチ、幅2・6センチ、厚さ0・5センチで、出来田南遺跡の南側に 位置するD地区(2850平方メートル)の大溝の跡から出土した。裏に日付、表に「丸 部飯(わにべいい)刀自女(とじめ)上米一半(じょうまいいちはん)」と書かれてあっ た。

 調査事務所によると、丸部飯は名、刀自女は女性を示す。上米一半は米1石の半分の意 味で、現在の単位に換算すると約30キロとなる。木簡は荷札のほか、まじないの言葉を 記した「呪符(じゅふ)」、書の手本を記した「習書(しゅうしょ)」の2種類の計3点 が出土。呪符は、奈良時代後期の出土品としては県内で初確認となる。

 遺跡調査は昨年6月下旬から11月末まで行われた。奈良時代後期の出土品では、木簡 のほか、米などを保管する倉庫である掘立柱建物25棟や竪穴建物7棟、墨書土器、人面 墨書土器、円形の硯(すずり)も見つかった。中世の出土品では、須恵器や珠洲焼、串な どの祭祀(さいし)用の道具もあった。

 荷札の木簡について調査を担当した中川道子チーフは、米俵を分類する際の目印として 使ったと推測し、「掘立柱建物の存在と考え合わせると、水田経営の拠点施設があった可 能性がある」と話す。

 東大寺(奈良県)所蔵の絵図によると、出来田南遺跡の西側には、国直轄の荘園である 「鳴戸庄(なるとしょう)」があったとされるが、今回の調査で遺跡との関連性を裏付け ることはできなかった。同事務所は水田経営の主体として、地方豪族が存在した可能性も 視野に、出土品の分析を進める。


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