きょうのコラム『時鐘』

2017/12/14 01:24

 子供(こども)のころから将(しょう)棋(ぎ)の駒(こま)は身近(みぢか)にあった。羽生善治永世七冠(はぶよしはるえいせいななかん)と、似(に)たり寄(よ)ったりかもしれない

中身(なかみ)が違(ちが)った。駒の動(うご)きを大(おと)人(な)に教(おそ)わって対局(たいきょく)するのでなく、遊(あそ)んだのはもっぱら「回(まわ)り将棋」だった。盤(ばん)の一番外(いちばんそと)のマス目(め)を回(まわ)ってゴールを競(きそ)う双六(すごろく)の将棋版(ばん)。サイコロの代(か)わりに「金(きん)」の駒4枚(まい)を振(ふ)って、出(で)た目(め)に従(したが)って進(すす)む。雨(あめ)や雪(ゆき)の日(ひ)は、友(とも)達(だち)を誘(さそ)って熱中(ねっちゅう)した

転校生(てんこうせい)が加(くわ)わった日に、たちまち喧嘩(けんか)になった。金を振って出(で)た目(め)の数(かぞ)え方(かた)や駒を進めるルールが「間違(まちが)ってる」と文句(もんく)が出(で)た。土(と)地(ち)が変(か)われば遊びのルールも違(ちが)う。そのことが、子供心(ごころ)にはなかなかのみ込めず、「ずるい」「インチキ言(い)うな」と、しばしば言い争(あらそ)った

気(き)を取(と)り直(なお)して本(ほん)将棋に取(と)り組(く)んだなら、ひょっとして国(こく)民栄誉賞(みんえいよしょう)の道がひらけたかもしれぬ。が、争ってまで続(つづ)けるほど、将棋遊びに対(たい)する執(しゅう)着(ちゃく)はなかった。もっとも、回り将棋に限(かぎ)らず、土地(とち)ごとにいろんな決(き)まり、やり方(かた)があり、それを認(みと)めないと友達付(づ)き合(あ)いがぎくしゃくすることを、小さな駒から教(おそ)わった

子供の遊び、軽(かろ)んずべからず。後(あと)で役立(やくだ)つ喧嘩もある。