今日の社説

2018/04/21 00:28

美術倶楽部の記念展 審美眼磨く一期一会の劇場

 新たな美を創造する作家がいれば、受け継がれた名品の価値を高める目利きもいる。いずれも、この地が美術王国を名乗る上で欠かせぬ担い手であろう。北陸の美術の春は、作家たちの真剣勝負である現代美術展に続き、目利きたちの真剣勝負の舞台の幕開けでクライマックスを迎える。きょうから金沢市の3美術館で始まる金沢美術倶楽部(くらぶ)100周年記念展「美のチカラ」を、古びるにつれて美しさを増す「本物」に触れる一期一会の場にしたい。

 日本の古美術の世界は、東京、京都、大阪、名古屋に、金沢を加えた「五都」と呼ばれる発信地がある。藩政期から茶の湯を軸にした文化土壌が息づく金沢には、明治以降も茶道具の名品が集まり、美術商の活動の幅を広げてきた。

 金沢美術倶楽部は1918(大正7)年、北陸を中心にした美術商の組織として設立され、商いはもとより、茶会や作品展を通して古美術の魅力を伝え、同時に、作家の才能を冷厳に見極め、育てる役割も果たしてきた。

 今回は、美術倶楽部のネットワークを生かして、全国から数々の秀作を集めて披露する貴重な蔵出しの場となる。豊臣秀吉が手にした伝説の名碗をはじめ、148年ぶりに富山県内で確認された狩野探(かのうたん)幽(ゆう)筆の国宝級の軸などが、歩いて回れるエリアで公開される。

 展示の核となる作品の多くが、金沢など北陸で所蔵されていることも、当地に本物を見極める目が受け継がれている証しであろう。

 2年後には、東京国立近代美術館工芸館が、金沢に移転、開館する予定である。明治以降に制作された作品がほとんどで、展示の中核になるであろう漆聖・松田権六(金沢市出身)の諸作品でさえ、古美術が扱う時間軸の中では「新参者」と言えよう。新たな工芸館に並ぶ作品群が、安住の地の金沢で、時がもたらす腐食に耐えて、名品へと熟成される過程を感じ取ることもまた、当地の愛好者にとって心楽しいことに違いない。

 そんな未来にも思いをはせながら、目利きたちのしつらえた美の空間をたどって審美眼を磨き、もうひとつの揺るぎない美術王国の底力を感じ取りたい。

次官のセクハラ メディア側にも課題残す

 女性記者へのセクハラ疑惑で、財務省の福田淳一事務次官が辞意を表明した。佐川宣寿前国税庁長官に続き、事務方トップ級の2人が辞任する異例の事態に、国民は怒りを通り越し、あきれ果てているのではないか。

 福田次官はセクハラの事実についてはあくまで否定している。週刊誌が証拠として公開した音声も不明瞭で、どんなやりとりがあったのか分からない。辞任でうやむやにしてしまわずに、被害女性のプライバシーに十分配慮した上で、事実を究明してほしい。

 財務省は福田次官の言い分だけでなく、被害者側の話を聞く必要があるとして報道各社に調査協力を要請した。だが、財務省の顧問を務める弁護士事務所に調査を委託したのは軽率だった。被害女性が名乗り出るにはハードルが高く、配慮を欠いていた。事実解明を進めるなかで福田次官のセクハラが明らかになれば何らかの処分が必要だろう。

 問われているのは、福田次官や財務省だけではない。テレビ朝日の対応も不適切だった。同社によると、女性記者はセクハラの事実を報じるべきではないかと上司に相談したが、上司は「放送すると本人が特定され、二次被害が心配される」ことなどを理由に「報道は難しい」と判断したとされる。

 これは解せない話だ。セクハラ行為を容認するかのような態度であり、すぐさま報告を上げて会社として対応する必要があった。セクハラは決して許さないという強い意思表示とともに、財務省に抗議すべきだった。

 女性記者は福田次官への取材の場でセクハラ発言を受け、身を守るために録音を始めたという。また、テレビ朝日がセクハラ行為を表沙汰にしないことへの不満から、週刊誌に連絡して取材を受け、録音の一部を提供した。

 身の危険を感じて、取材相手の承諾無しに会話を録音したのはやむを得ない面があったとしても、取材で得た情報を外部の第三者に渡したのは不適切な行為だったと言わざるを得ない。今回のセクハラ疑惑は、メディア側にも課題を残したといえるのではないか。